
レース後半の失速はフォームの乱れにも出る?
50mや100mの後半で、急に水が重くなる。腕は回しているのに進まない。キックも打っているつもりなのに、身体がぶれてくる。
スプリントの失速というと、まず「出力が落ちた」「乳酸がきつい」「体力が足りない」と考えがちです。もちろんそれは大きな要因です。ただ、疲労は筋力や心肺だけでなく、泳ぎの形そのものにも表れます。
2025年にScientific Reportsで公開された研究では、12〜13歳の高パフォーマンス選手38名を対象に、50m全力クロールの前半25mと後半25mで、骨盤まわりの動きがどう変わるかを加速度計とジャイロセンサーで調べています。
そこで観察されたのは、後半に骨盤の最大角度が34%増え、身体の回旋に関わる角速度も増えるという変化でした。つまり、レース後半の失速は「ただパワーが落ちる」だけでなく、身体の使い方が崩れていく現象としても見られそうです。
先に短く言うと、後半の失速は体力低下だけでなく、フォームの乱れとしても現れます。タイムが落ちた時は「もっと出力を上げる」だけでなく、呼吸、骨盤まわり、左右差、キックの方向がどう変わったかも見る価値があります。

研究では何を見ていたのか
この研究は、ポーランドのユース代表キャンプに参加した12〜13歳の選手を対象にしています。女子24名、男子14名の計38名です。
選手は25mプールで50mクロールを全力で泳ぎました。スタート台からではなく、壁を蹴ってスタートし、ターンを含めて2本の25mを泳ぐ形です。
測定には、腰の後ろ、仙骨のあたりに取り付けた小型の慣性センサーが使われました。加速度計とジャイロスコープを使い、骨盤まわりの角度、回旋速度、左右差などを前半25mと後半25mで比較しています。
ポイントは、タイムだけではなく、疲れてきたときに身体の動きがどう変わるかを見ていることです。
後半25mで何が変わったのか
研究で報告された主な変化は、次のようなものです。
| 測定項目 | 変化 |
|---|---|
| 骨盤の最大角度 | 34%増加 |
| 回旋角速度(垂直軸) | 12.10%増加 |
| 回旋角速度(矢状軸) | 6.86%増加 |
| 垂直方向の最大加速度 | 8.5%低下 |
数字だけ見ると少し難しく感じますが、ここで大事なのは、増えた動きがプラスの変化ではないという点です。疲労によって骨盤まわりの動きを一定に保ちにくくなり、余計な回旋や左右差が出やすくなった可能性があります。
論文でも、後半25mですでに好ましくない運動パターンが観察されており、疲れた状態で高強度の反復を重ねると、その崩れた動きが定着する可能性に触れています。つまり、増えた動きは推進につながる動きではなく、身体の制御が難しくなっているサインとして読む方が自然です。
失速は「出力低下」だけで説明しきれない
後半で落ちるとき、多くの選手は「もっと強くかけばよかった」「もっとキックを打てばよかった」と考えます。
でも、実際には疲れてくるほど、強く動かそうとしてフォームが大きくなりすぎることがあります。呼吸を取りたい、腕を前に戻したい、身体を持ち上げたい。その結果として、骨盤や体幹の回転が増え、左右差が出て、抵抗が増える可能性があります。
出力は落ちているのに、動きは大きくなる。これはスプリント後半でよく起こりそうな現象です。
例えば、こんな状態です。
- 呼吸のたびに身体が横へ大きく傾く
- 片側のプルだけ深くなりすぎる
- 骨盤が左右に揺れてキックが逃げる
- 頭が上がり、腰が沈みやすくなる
- ストロークのテンポは上がるのに、1かきで進む距離が落ちる
つまり、失速は「力が出ない」だけでなく、「力を進む方向に変えにくくなる」状態としても考えられます。
なぜ骨盤まわりの乱れが大事なのか
自由形では、肩だけでなく、胸郭、骨盤、脚がつながって動きます。骨盤まわりが安定していると、プルで生まれた力を前に進む力として使いやすくなります。
反対に、骨盤が左右に大きく振れたり、呼吸側だけ大きく回ったりすると、身体のラインが乱れます。水中で進む方向に対して、余計な横方向の動きが増えるイメージです。
スプリントでは、後半にテンポを落としたくないため、腕を無理に回そうとしがちです。そのとき体幹が耐えられないと、腕の動きに身体全体が振られます。骨盤が振られると、キックもまっすぐ入りにくくなります。
ここで大切なのは、「骨盤を動かさない」ことではありません。自由形には自然なローリングがあります。問題は、疲労によって必要以上に大きくなったり、左右差が強くなったりすることです。
練習で見るべきサイン
研究のようなセンサーがなくても、後半のフォーム崩れはある程度チェックできます。
1. 後半だけ呼吸が大きくなる
疲れてくると、息を吸うために身体を大きくひねりやすくなります。呼吸そのものが悪いのではなく、呼吸のたびに腰や脚まで横へ振られていないかを見たいところです。
2. 片側だけ水を深くかきすぎる
左右差が強くなると、片側のプルだけ深く入ったり、外へ逃げたりします。後半になるほど左右のリズムがズレる選手は、出力だけでなく左右の使い方も見直す価値があります。
3. キックの泡が横へ広がる
骨盤がぶれると、キックもまっすぐ入りにくくなります。真後ろに水を押すより、横に散ってしまうような泡が増える場合は、体幹と骨盤の安定が崩れているかもしれません。
4. テンポは上がるのに進まない
後半に腕を急いで回しているのに、タイムが落ちる。これは、ストロークの回転数だけを上げても、水をつかむ時間や身体のラインが崩れている可能性があります。
スプリント練習への落とし込み
この研究の対象はジュニア選手であり、成人スイマーやマスターズにそのまま当てはめることはできません。それでも、「疲労がフォームを変える」という視点は、幅広いスイマーに役立ちます。
短い全力泳でフォームを観察する
50mを全力で泳ぐだけでなく、前半と後半で何が変わるかを見ます。動画を撮れるなら、同じアングルで前半と後半を比べるとわかりやすいです。
見るポイントは、タイムだけではありません。
- 後半で呼吸が大きくなっていないか
- 腰の位置が左右に揺れていないか
- キックの幅が広がっていないか
- ストローク数が急に増えていないか
- ターン後の数ストロークで身体が浮いているか
25m全力を雑に反復しすぎない
論文では、疲労下で好ましくない動きが出た状態を高頻度で反復すると、その動きが定着する可能性にも触れられています。
全力練習は大事ですが、フォームが崩れきった状態で何本も続けると、「きつい中で速く泳ぐ練習」ではなく、「崩れたフォームを覚える練習」になることがあります。
短い距離でスピードを出し、十分に休んで質を保つ。あるいは、後半のフォームが崩れ始めたところで一度止めて修正する。スプリント練習では、量だけでなく質の管理がかなり大事です。
スノーケルや左右呼吸を使う
論文では、左右差を減らす方法として、トレーニングスノーケルや左右呼吸の活用にも触れられています。
スノーケルを使うと、呼吸のために大きく身体を回す必要が減ります。左右呼吸を練習すると、片側だけに頼った回旋パターンを減らす助けになるかもしれません。
もちろん、レースでの呼吸パターンは選手ごとに違います。全員が左右呼吸にするべき、という話ではありません。練習の中で、左右差を確認する道具として使うのが現実的です。
レース後半で意識したいこと
レース中に「骨盤の角度を34%抑えよう」と考えるのは現実的ではありません。数字は研究を理解するためのもので、泳いでいる最中に細かく操作するものではないからです。
実戦では、もっとシンプルな言葉に置き換えたいです。
- 後半ほど身体を細く保つ
- 呼吸で腰まで振られない
- 腕を急ぐより、前に乗る時間を残す
- キックを大きくするより、真後ろに入れる
- ターン後の数ストロークでラインを作り直す
疲れてくると、どうしても「もっと頑張る」に意識が寄ります。ただ、後半こそ、頑張り方を少し整えたいところです。力を出すだけでなく、力が逃げない形を守ることが、失速を小さくするヒントになります。
まとめ
50m全力泳の後半では、疲労によって骨盤まわりの動きや身体の回旋が変化することが報告されています。
この研究だけで、すべてのスイマーの失速原因を説明できるわけではありません。対象は12〜13歳の高パフォーマンス選手で、測定条件も限定されています。それでも、後半の失速を「体力不足」だけで片づけず、「フォームがどう変わっているか」まで見る視点はかなり重要です。
タイムが落ちたとき、もっと追い込む前に、後半の呼吸、骨盤、キック、左右差を見る。そこに、次のベストにつながる改善点が隠れているかもしれません。
よくある質問
レース後半の失速は体力不足だけが原因ですか?
体力や出力低下は大きな要因ですが、それだけではありません。研究では50m全力泳の後半で、骨盤まわりの角度や回旋速度、左右差に変化が見られています。失速した時は、心肺や筋力だけでなく、フォームがどう変わったかも確認したいところです。
練習中にフォームの乱れを見るならどこを見ればいいですか?
後半だけ呼吸が大きくなる、キックの泡が横へ広がる、片側だけ水を深くかきすぎる、テンポは上がるのに進まない、といったサインが見やすいです。動画があるなら、前半と後半を分けて比べると、疲れてから出る癖が見つかりやすくなります。
参考文献
- Skorulski M, Stachowicz M, Kuliś S, Gajewski J. Accelerometric assessment of fatigue-induced changes in swimming technique in high performance adolescent athletes. Scientific Reports. 2025.


