試合前になると、アップでは普通に泳げていたのに、急に呼吸が浅くなる。肩に力が入る。身体が少し浮つく。スタート台に立った瞬間、いつもの動きが出にくい。

こういう経験は、かなり多くのスイマーにあると思います。

「メンタルが弱い」で片づけると、そこで話が止まってしまいます。でも実際には、不安や焦りは気持ちの中だけで完結するものではありません。呼吸のリズム、胸郭やお腹まわりの使い方、体幹の安定感、力み方にも出てきます。

この記事でいう「身体構造」は、骨格だけの話ではありません。呼吸、筋緊張、姿勢制御まで含めた、レース当日の身体の状態として考えます。

先に短く言うと、不安や焦りは気持ちだけでなく、呼吸の浅さ、力み、姿勢の固さとして泳ぎに出ることがあります。メンタルを切り離して考えるより、身体コンディションの一部として整える方が実戦では扱いやすいです。

競泳でも不安はパフォーマンスと関係する

2024年にFrontiers in Psychologyで公開された、中国代表レベルの競泳選手20名を対象にした研究では、競技不安が準備期の時点によって変化し、競技パフォーマンスにも関わることが報告されています。

この研究では、認知的不安、身体的不安、自信などを、世界選手権やアジア大会前のタイミングも含めて追跡しています。結果として、競技不安は一定ではなく、試合やトレーニング負荷の文脈によって変わるものとして扱われています。

大事なのは、不安を単なる気分の問題として見ていない点です。競技不安には「心配する」「考えすぎる」といった認知面だけでなく、身体の緊張や自律神経の反応も含まれます。

スイマーに置き換えると、試合前の不安は「気持ち」だけでなく、身体の使い方に出る可能性があるということです。

試合前の緊張から呼吸を整え、体幹と泳ぎにつなげるイメージイラスト

不安は呼吸の浅さとして出やすい

不安と呼吸の関係は、競泳に限らず研究されています。

健康な成人男性16名を対象にした研究では、不安傾向が高い群や状態不安が高い群で、呼吸数が高く、吸う時間・吐く時間が短くなる傾向が示されています。つまり、不安が強いと、酸素が足りないからではなく、呼吸のリズムそのものが速くなりやすいということです。

レース前に「息が入らない」「胸の上の方だけで吸っている感じがする」という体感は、かなり自然な反応かもしれません。

ただ、競泳ではこれがそのまま泳ぎに影響します。

  • 呼吸が浅い
  • 肩や首に力が入る
  • 胸郭が動きにくい
  • お腹まわりが固まる
  • 水中で身体の軸を保ちにくい

こうなると、メンタルの問題に見えていたものが、実際にはフォームやタイミングの問題として表に出てきます。

横隔膜は呼吸だけの筋肉ではない

横隔膜というと、呼吸のための筋肉というイメージが強いと思います。

もちろんそれは正しいのですが、横隔膜は姿勢を保つ働きにも関わります。腕を動かして体幹が揺さぶられる場面を調べた研究では、横隔膜と腹横筋が活動し、お腹の内側の圧力変化に関わることが示されています。

つまり、横隔膜まわりは「息を吸う・吐く」だけでなく、体幹を安定させる仕組みとも関係しています。

さらに別の研究では、呼吸の要求が高まると、横隔膜の姿勢制御としての活動が低下することが報告されています。これは、不安そのものを調べた研究ではありませんが、呼吸が乱れたり、呼吸に余裕がなくなったりすると、体幹の安定にも影響が出る可能性を考えるヒントになります。

競泳では、体幹の安定はかなり大事です。自由形でも背泳ぎでも、呼吸、肩まわりのローリング、胸郭から骨盤までの身体の長軸回旋、キック、キャッチが全部つながっています。呼吸が荒れて体幹が落ち着かないと、腕だけ、脚だけで頑張る泳ぎになりやすくなります。

骨盤まわりの動きも止まりやすい

不安が骨盤を直接止める、という単純な話ではありません。

でも、呼吸が浅くなり、肋骨が固まり、お腹まわりに余計な力が入ると、骨盤まわりの動きは出しにくくなります。クロールや背泳ぎでは、肩だけを回すというより、胸郭から骨盤までがなめらかにつながって回ることが大事です。ここが硬くなると、肩まわりのローリングがぎこちなくなったり、キックが下半身だけの動きになったりします。

平泳ぎやバタフライでも同じです。体幹のしなりやタイミングがずれると、手足の力は出ているのに、前に進む感覚が薄くなります。

メンタルが悪い日のタイムが悪いとき、原因は「集中できていない」だけではないかもしれません。呼吸、姿勢、力み、骨盤まわりの動きまで含めて、身体全体がレースモードに入り切れていない可能性があります。

試合前に見るならここ

試合前のメンタルチェックは、「緊張しているかどうか」だけでは少し粗いです。

身体に出ているサインとして見るなら、次のようなポイントが使いやすいと思います。

  • 息を吐き切れず、吸うことばかりになっていないか
  • 肩が上がっていないか
  • みぞおちやお腹が固まりすぎていないか
  • 軽くジャンプしたときに足裏が硬くないか
  • 腕を回したときに胸郭と骨盤が一緒に固まっていないか

これらは、メンタルを気合いで直すためのチェックではありません。身体側からレース前の状態を整えるための入口です。

まずは呼吸を整える

試合直前にできることは多くありません。だからこそ、複雑なことよりも、呼吸を整える方が現実的です。

おすすめは、吸うことよりも吐くことを少し意識することです。

鼻から軽く吸う。口から細く長めに吐く。吐いたあとに、肩が少し下がるか、みぞおち周辺の力みが抜けるかを見る。これだけでも、身体の緊張に気づきやすくなります。

そのうえで、肩を回す、肋骨を左右に動かす、軽く骨盤を前後に揺らす。大きくリラックスしようとするより、「泳ぐために動く状態へ戻す」くらいの感覚がちょうどよさそうです。

まとめ

メンタルは、気持ちだけの問題ではありません。

不安や焦りは、呼吸の浅さ、肩や胸郭の力み、横隔膜まわりの使い方、体幹や骨盤の動きに出る可能性があります。だから、身体のコンディションを整えるなら、メンタルもその対象に入れて考えたいところです。

試合前に緊張すること自体は普通です。問題は、その緊張に気づかないまま、浅い呼吸と固い身体でレースに入ってしまうこと。

「落ち着け」と自分に言うだけでなく、呼吸を少し整える。肩、胸郭、お腹、骨盤まわりの動きを確認する。メンタルを身体の一部として扱うと、レース前の準備はもう少し具体的になります。

よくある質問

不安や緊張は本当に泳ぎに影響しますか?

影響する可能性があります。不安は気持ちの問題だけでなく、呼吸の浅さ、肩や胸郭の力み、体幹の固さとして出ることがあります。競泳選手を対象にした研究でも、競技不安とパフォーマンスの関係が扱われています。

試合前にメンタルが乱れた時は何をすればいいですか?

まずは大きなことを変えず、呼吸を整えるのが現実的です。長く吐く、肩を上げすぎない、みぞおちや肋骨まわりを固めない、いつものアップ手順に戻る。気持ちを無理に消すより、身体の過緊張を少し下げる方が泳ぎにつながりやすいです。

参考文献