
ドラフティングは先頭も楽になる?水流の相互作用
練習中に、前の泳者のすぐ後ろについて泳いだら、いつもより少し楽に進めたことはないでしょうか。自分の力だけで水をかき分けているときより、前の人が作った波や流れに乗れて、同じスピードでも少ない力で泳げるように感じる場面です。
このように、人の後ろや横の水流を利用して泳ぐことを、競泳やオープンウォーターでは「ドラフティング」と呼びます。自転車やランニングの風よけに近い考え方で、水泳では前の泳者が水をかき分け、後ろの泳者がその流れを利用します。
ところが、水泳のドラフティングを模型で調べた研究を見ると、話は少しだけ複雑です。条件によっては、後ろの泳者だけでなく、先頭の泳者にも小さな抵抗低減が起こる可能性があります。
もちろん、先頭が後ろより大きく得をするという意味ではありません。主な恩恵を受けるのは後続泳者です。ただ、水面の波、圧力、2人の位置関係が絡むと、先頭側にも「少し楽になる」場面がありうる。この記事では、その仕組みを水泳目線で整理します。
先に短く言うと、ドラフティングは後ろの泳者だけの話ではありません。模型研究では、2人の位置関係によって先頭泳者側にも小さな抵抗低減が起こる可能性が示されています。ただし、現場で主に楽になるのは後続泳者だと見ておくのが自然です。

ドラフティングは「後ろだけのもの」ではない
一般的なドラフティングでは、後ろにいる泳者が得をします。前の泳者が作った波や流れの中に入ることで、自分が受ける抵抗が減るからです。
オープンウォーターやトライアスロンのスイムパートでは、この位置取りがレース戦略に直結します。集団の真後ろにつく、腰の横につく、横並びで泳ぐ、前に出るタイミングを探る。プール競泳よりも、他者との距離が結果に影響しやすい競技です。
一方で、先頭の泳者は「損だけしている」ように見えます。水を切り開く役で、後ろに楽をさせているだけ。実際、レース感覚としてもそう感じる人は多いと思います。
ただし、流体力学では、後ろに物体があることで前の物体まわりの圧力分布が変わり、前側の抵抗も変化することがあります。泳者同士でも同じような相互作用が起こる可能性があります。
先頭泳者にも恩恵が出る理由
2016年に公開された模型実験では、自分では動かない泳者模型を使い、後ろの泳者の位置が先頭泳者の抵抗にどう影響するかを調べています。
この研究で示されたポイントは、先頭泳者の後ろに別の泳者がいると、先頭の後方の圧力状態が変わり、先頭が受ける抵抗がわずかに下がる場合があるということです。
かなり雑に言えば、先頭の泳者の後ろに「完全な空白」があるより、後続泳者がある位置にいることで、水の流れが少し整い、先頭の後ろ側に働く引っ張られるような抵抗が弱まる可能性がある、というイメージです。
ただし、この効果は後続泳者が得るドラフティング効果より小さいと考えるべきです。研究でも、主役はあくまで後続泳者の抵抗低減です。先頭側の恩恵は、あったとしても副次的なものとして扱うのが自然です。
2023年の研究では「位置」がより細かく見られている
2023年のPhysical Review Fluidsの論文では、2体の受動泳者模型を使い、オープンウォーターレースを想定した位置関係が実験と数値計算で調べられています。
この研究では、泳者の速度条件を変えながら、後ろにつく位置や横につく位置で抵抗がどう変わるかを見ています。結果として、後続泳者にとっては、先頭のすぐ後ろ、または隣の泳者の腰付近の位置が有利になりうることが示されています。
ここで重要なのは、ドラフティングが単に「真後ろなら全部得」という単純な現象ではないことです。
- 近すぎる横並びでは抵抗が増える場合がある
- 後ろにつく位置でも距離によって効果が変わる
- 追い抜き時の位置取りによって、有利にも不利にもなる
- 模型研究なので、実際のストロークやキックの影響は別に考える必要がある
水泳では腕も脚も動きます。キックで乱流が増えたり、腕が接触しそうになったり、呼吸方向によって位置取りが変わったりします。模型研究の結果をそのまま実戦に持ち込むのではなく、「水流の相互作用は思ったより複雑」と見るのが良さそうです。
先頭で泳ぐ人が意識できること
では、先頭で泳ぐ人は何を意識すればいいのでしょうか。
まず、先頭側の効果を狙って泳ぎを変える必要はありません。恩恵があるとしても、後続側ほど大きなものではないからです。先頭が最優先すべきなのは、自分のリズム、進行方向、フォームの安定です。
そのうえで、次のような視点は持っておくとよいです。
後ろにつかれても、必ずしも損だけではない
後ろに人がつくと「利用されている」と感じるかもしれません。特にオープンウォーターでは、足に触られたり、横から寄られたりするとストレスになります。
ただ、模型研究の範囲では、後続泳者の存在が先頭の抵抗を少し下げる可能性も示されています。もちろん、接触や進路妨害があれば別問題ですが、きれいに後ろにつかれているだけなら、心理的に嫌がりすぎなくてもよいかもしれません。
追い抜かれそうなときは横の位置に注意する
追い抜きの場面では、後続泳者が斜め横や肩付近に来ます。この位置関係では、波の干渉で抵抗が増えたり、腕がぶつかりやすくなったりします。
先頭側からすると、相手がどの位置に来ているかで、泳ぎやすさが変わる可能性があります。真後ろにつかれているときより、横に並ばれたときの方が泳ぎが乱れやすい人もいるはずです。
レースでは、横に並ばれた瞬間に焦ってストロークを崩すより、進行方向を保ち、呼吸側を変えられるなら相手の位置を確認し、自分のテンポを守ることが大切です。
練習では「人の後ろを泳ぐ」だけでなく「前を泳ぐ」経験も積む
ドラフティング練習というと、後ろにつく練習になりがちです。けれど実戦では、自分が先頭になる時間もあります。
先頭で泳ぐ練習には、次の意味があります。
- 後ろに人がいる状態でもリズムを崩さない
- 足を触られても過剰に反応しない
- 横に並ばれたときに呼吸と進路を乱さない
- 自分が前に出るべき場面を判断する
後ろで楽をする技術だけでなく、前で落ち着いて泳ぐ技術も、集団泳では重要です。
プール練習に落とすなら
オープンウォーターに出る予定があるなら、プールでも簡単な位置取り練習ができます。
2人1組の基本練習
| セット | 内容 | 狙い |
|---|---|---|
| 1 | 50m × 4本、1人が先頭、1人が真後ろ | 真後ろの水流に慣れる |
| 2 | 50m × 4本、先頭と後続を交代 | 前で泳ぐ心理的負担を知る |
| 3 | 25m × 4本、斜め後ろから横へ移動 | 追い抜き時の位置感覚をつかむ |
| 4 | 100m × 2本、途中で先頭交代 | 集団内でテンポを保つ |
安全のため、混雑したレーンではやらない方がよいです。相手の足を触る練習も、強く触る必要はありません。軽く近づくだけで十分です。
先頭役のチェックポイント
- 後ろに人がいてもストローク数が増えすぎないか
- 足を触られた瞬間にキックが乱れないか
- 横に人が来たときに呼吸が浅くならないか
- テンポを上げすぎて後半に失速していないか
先頭役は、ただ引っ張るだけではありません。後ろや横に人がいる環境でも、自分の泳ぎを保つ練習になります。
「こっそり恩恵」はあるが、過信はしない
「先頭も楽になる」と聞くと、前で泳ぐのが得に思えるかもしれません。ただし、ここは少し慎重に見たいところです。
先頭側の効果は、模型実験で示された流体力学的な可能性です。実際の泳者は、腕を回し、キックを打ち、呼吸で身体を回し、波のある環境で泳ぎます。人との接触や進路取りもあります。
だから記事としての結論は、次のくらいがちょうどいいです。
- 後続泳者が最も大きなドラフティング効果を受ける
- ただし、先頭泳者にも小さな抵抗低減が起こる可能性がある
- 位置関係によっては、逆に泳ぎにくくなる場合もある
- 実戦では、水流だけでなく接触、進路、心理的ストレスまで含めて考える
先頭で泳ぐことは、単なる損な役回りではないかもしれません。後ろに人がついても、自分のリズムを守りながら泳げれば、少しだけ水流の恩恵を受けつつ、レースをコントロールできる可能性があります。
よくある質問
ドラフティングでは先頭泳者も本当に楽になりますか?
模型研究では、条件によって先頭泳者側にも小さな抵抗低減が起こる可能性が示されています。ただし、実際の泳ぎで大きな恩恵を受けるのは基本的に後続泳者です。先頭が常に楽になるというより、2人の距離や位置関係で水流が相互に影響する、と捉えるのがよさそうです。
プール練習でも先頭の恩恵を意識できますか?
できますが、レース戦術というより位置取りの感覚づくりとして使うのが現実的です。2人1組で前後の距離を変えたり、先頭役と後続役を交代したりすると、前後で水の重さがどう変わるかを感じやすくなります。接触や煽り泳ぎにならない範囲で行うのが前提です。
参考文献
- Bolon B, Prétot C, Clanet C, Larrarte F, Carmigniani R. Drafting of two passive swimmer scale models for open-water races. Physical Review Fluids. 2023.
- Westerweel J, Aslan K, Pennings P, Yilmaz B. Advantage of a lead swimmer in drafting. arXiv. 2016.


